きなダン!

我が家の飼い猫、ペットショップで売れ残り出身の”きなこ”と保護猫出身の”暖(ダン)”が主役の猫ブログ。

私の大切な”故猫”たち

 我が家の猫ちゃん、”きなちゃん”と”ダンくん”のこのブログ。
 ですが必ずこの記事を作ろうと決めていました。
 現代の感覚では、もしかしたら、当時(35年以上前)の我が家の飼い方がズサンだと感じ「お前に犬猫を飼う資格はない」とか「最低」と思われる方々もおられるかもしれません。
 しかし、めいいっぱいの愛情を注ぎ共に暮らした、今は亡き愛しい家族です。



 そう・・・
 きなちゃん(とダンくん)が私達夫婦のもとに来るずっと以前・・・。
 私と妻が出会うずっと以前・・・。
 私がまだ子供(小学校低学年~)だった頃・・・。


 我が家は猫(一時期は犬も)を飼っていました。
 今は向こうの世界で安らかにいるであろう、私の大事な”故人”ならぬ”故猫”達です。



たま。


<たま>
 ”たま”は私が小学校二年生の時に祖母が拾ってきた子猫でした。
 私が子供の頃の我が家は兼業農家で、たまは毎日のようにネズミを捕まえて米や家屋を守ってくれました。野良犬を追い回す程の気の強い女の子の”たま”。
 まだ小さい命の大切さや慈しみに気付いていなかった幼かった私(と家族)は、たまの悪戯にたまを叩いたりしてしまった事も多々ありました。
 でも・・・たまは私たち家族から離れずに26年という歳月を我が家の家族として過ごし、老衰で向こうの世界に旅立ちました。
 家族が落ち込んだりすると傍に寄り添ったり、喧嘩があると大声で鳴いて仲裁をしようとしたり・・・。
 たまが亡くなった後、私はしばらくの間、毎日、仕事から帰宅しては自室で一人でたまの写真を見ながら泣きました。涙が枯れると思うくらいに・・・。
 私は今でも”たま”をペットとしてではなく、猫の姿をした兄弟と思っています。



<ちょび>
 写真が残っていない事が悔やまれてなりません。
 ”ちょび”は、たまの子供の茶トラの男の子の猫でした。私は小学5~6年生の時にいてくれた猫ちゃんだったと思います。
 ちょびは声を出す事が殆どありませんでした。今思うと、多分ちょびは生まれつき声帯に障害があったのかもしれません。鳴いても微かな”かすれ声”でした。
 ちょびは生後一年くらいの時に家の外に出た時に家の隣の道で車にひかれてしまいました。
 私はちょびの遺体を躊躇なく素手で抱き上げ、家の片隅に埋葬しました。
 その時、祖父が「痛かっただろう・・・今度は猫じゃなくて人間に生まれてこいな・・・」とちょびの遺体に優しく声をかけていたのが忘れられません。



シロ。


<シロ>
 たまが他界する一年くらい前に我が家のバラックに住み着いた汚れぬいた野良猫の女の子でした。可哀そうで母と妹が我が家の猫として迎え入れ、最初は”たま”はよく”シロ”に唸っていました。
 シロは舌が三分の一程切れてしまっていました。おそらく野良時代に缶詰の切れ端か何かで舌を切ってしまったのかもしれません。そんな舌で老衰のたまを良く舐めていました。たまもシロを受け入れ、二匹して仲良く暮らしました。
 たまの他界後、後継ぎとして家族として暮らしていたシロでしたが、ある日、家の庭で吐血して倒れているのを妹が見つけ、病院に運びましたが既に息絶えていました。
 死因は”毒”であろうとの事でした。
 そのころまだ兼業農家を続けていた我が家の周りは畑や農家の家が多く、野良犬や野良タヌキやイタチ対策に罠を仕掛ける事が度々ありました。我が家は罠は仕掛けていませんでした。
(都会や屋内飼いの定着した現在では想像もつかないことかもしれませんが、昔で、更に屋内飼いの概念の薄い田舎ではこうした事も実際に起こってしまっていたのです)
 家族で皆号泣しました。でも、野良で過酷な条件の元、汚れて亡くなっていく野良の未来から、僅か数年でも我が家の家族として皆に可愛がられた暮らしは、シロにとって幸せであったはずと信じています。私たち家族も幸せでした。



ジョン。


<ジョン>
 猫ではありませんが載せさせていただきます。柴犬に見えませんが柴犬です。母が”銀河、流れ星銀”という犬が主人公の漫画にハマり、どうしても犬を飼いたくて飼った血統書付きの柴犬でした。名前はそのマンガの主人公の友であるジョンというキャラが母が一番好きだったらしく、そのキャラからつけられました。私が中校生くらいの時に家族になったワンちゃんでした。ちょっと気の弱い無垢なワンちゃんでした。
 予防接種はしていたのですが4~5年くらいしてフィラリアにかかり亡くなってしまいました。



 たま以外は不慮の死で他界してしまった子達ですが、私は彼らから”小さな命の大切さ”を学びました。弱い存在を慈しむ事もです。
 そして、出会いの向こうに必ずある避けられない”別れ”。その悲しみと悔い。
 共に暮らせたという幸せと、その時間の貴重さと尊さ。
 それは今まで数えきれないほどに出会った、愚痴や悪口や陰口を平気で口にしたり、立場を保持するために他者を蹴落としたり、自分より能力の劣る存在を見下す、そんな人間という存在達からは決して学び得る事の出来ないものです。
 彼ら(たま、ちょび、シロ、ジョン)の方が、どれほど純粋で健気な存在で、私たち家族という人間達に振る舞いと意識を向けてくれたことか。
 そして学ばせてくれたことか。
 この記事は、彼ら(たま、ちょび、シロ、ジョン)が確かに存在した証です。


 私は無宗教無宗派でTVで特集されるスピリチュアルな事など一切信じない人間ですが、でも、彼ら(たま、ちょび、シロ、ジョン)が絶対に安らぎに満ちた世界で守られながら安らかに過ごせている筈と信じています。
 彼らの遺影に私は一日も欠かさず、先祖の仏壇とは別に読経を捧げています。
 それは、彼らに対し私がしてしまった過ち(子供の頃にぶったりしてしまった事)への謝罪と、共に暮らしてくれた感謝を”思いだけ”ではなく”行動”として、しっかり示してあげたい、示したい、捧げたいと思っているからです。


<余談ですが、今私が思っている”ペット供養”についての考えを、メインブログの”石田三成の娘「辰姫」の研究”の中の記事カテゴリー”エッセイ(辰姫と私)”の中の記事の一つ”辰姫からの授かり物「ペット供養」”で述べていますので、気が向いたら参照下さい>



 きなちゃんとダンくんは、たま、ちょび、シロ、ジョンが教えてくれた事を生かして、私達夫婦と共に幸せに暮らします(もちろん屋内飼いです)。


 たま、ちょび、シロ、ジョンは向こうの世界にいる私の家族です。そう、今も、これからも。



 そして、縁あって家族となってくれた、きなちゃんとダンくんをこれからも皆様、宜しくお願い致します!!
 このブログはきなちゃんとダンくんが幸せに生きている記録です。

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