きなちゃんとダンくん!

我が家の猫、ペットショップで売れ残り出身の”きなこ”と保護猫出身の”暖(ダン)”が主役の猫写真ブログ。

小さな命への責任

 今日の記事はいささか重い題名ですが、私の思うところを正直に書く事とします。
 お付き合いください。


 猫写真に益々精を出す一方、猫の保護や保護救済の勉強をコツコツしている今日この頃の私です。


 私の現在の生業は看護師(一応経験年数20年以上(脳外科・整形外科・老人ホーム・筋ジストロフィー看護・重症心身障害者看護・精神科認知症救急を経験)。看護実習指導の資格所持(←今は使ってませんが))なわけですが、同じ職場の子(その子は母親と共に猫の保護に熱心で、私はとても感心しています)からこんな話を聞いた事があります。


「犬や猫を飼っても、引っ越しで次の住まいが動物を飼えないからと、ペットを手放し、その中には保護施設に押し付けたり、中には動物を捨ててしまう人もいる」と。


 動物を飼うには”責任”を伴うものです。


 カワイイ猫ちゃん(犬や小鳥などの小動物全て)は、ぬいぐるみや玩具ではない。”物”ではない。感情もあり命ある存在です。


「犬や猫を飼っても、引っ越しで次の住まいが動物を飼えないからと、ペットを手放す人もいる」
 その場合、人間の私達は人間同士で「事情が事情だもん、仕方ないよ」「しょうがないじゃん」で済まされ、また、慰められるのかもしれません。


 しかし・・・手放される猫ちゃん達は?


 命、あるんですけどね。
 感情もあるんですけどね。


 ”カワイイ”という感情だけで命に責任は持てません。持ってもらいたくはない。


 保護猫施設の好意で写真部の人間にしてもらった人間の言葉にしては、いささか出過ぎな言葉かもしれません。
 保護猫譲渡の件数にも影響を及ぼしてしまうかもしれない・・・。
 深く考えすぎなどと思われるかもしれません。
 多くの方々に迷惑をかけてしまう事にもなりかねないのかもしれない・・・。


 しかし、それが私なのです。


 それだけ、真剣に、また責任というものを自覚していると思って頂けると幸いです。


 正式な保護猫施設スタッフでもなく、また、たとえ間接的であっても、この先、猫の保護救済・譲渡に関わる身として、「こんな筈じゃなかった」という境遇に、小さな命(猫)達を導くわけにはいかないのです。
 せっかく得た幸せで豊かな境遇から逆戻りという生涯だけは、無責任な人間のもとに猫達を導くわけにはいかない。保護猫達にそんな生涯を与えるわけにはいかないのです。


 それが、猫写真をする私という人間の、猫と猫写真に対する想いであり責任です。


 私は猫の保護と救済(猫の譲渡。飼い主との縁結び)のキッカケを目指す為、自分が出来る事として猫写真という手段を思いつき、猫写真を始めました。
 一匹一匹の、その猫のもつ魅力を表現したいと、可愛らしく撮ってあげたいと思い、いつも猫写真を撮りますが・・・。
 その一方、こんな思いも持っています。


「自分の写真で、無責任な飼い主にだけは結ばれてほしくない」と。


 こればかりは、どうにもこうにも全て見通せる事は出来ません。
 そう、猫を引き取った人次第です。



 以前書いた記事、カテゴリータグ”故猫(今は亡き猫ちゃん達)” の「私の大切な”故猫”たち」でも書いていますが、私は猫ちゃん達に様々な学びを与えてもらいました。
 人が教えてくれて頭では解っていても感情のレベルまで至らなかった事も、猫ちゃん達から頭レベルではなく感情レベルで得させてもらった事もあります。


 ”可愛らしさと猫(動物)と共に暮らす事でしか得られない幸せ”を得るのと同時に”命を引き取った”という責任がある事を、猫(動物)を飼う上で自覚したい。してもらいたい。


安心して、うたた寝状態のきなちゃん(現在、生後1歳9か月)。
この安心を保証するのが飼い主の私達夫婦の義務です。


心配なく好奇心を表にするダンくん(現在、生後推定7か月)。
この無邪気さを出せる環境で生涯を送らせる事も私達夫婦の飼い主としての義務です。



 ・・・そんな事を一人考え、想いながら、カメラのシャッターを押す私です。

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